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日本最古の商業パン 作成秘話
長崎郷土史家・越中哲也先生に最初にお会いしたのは3年前でした。

長崎歴史文化協会にいらっしゃることを知り、公会堂そばの協会におしかけて

「出島のパンを作りたいので情報があったら教えて欲しいです。」という会話から始まり、

実は私の父と知り合いだったこともあり、いろいろなお話をしてくださいました。

そのときに頂いた資料が 屮ランダ商館日記の解説書の一部」と先生が数十年前オランダ留学の際に手に入れた

◆崕佚腓硫杙區人図」でした。

私にとって、大変貴重な資料で、先生にお礼を言い長崎歴史文化協会を後にしました。

この二つの資料でいろんなことがわかりました。

パンはもともとキリスト教の布教の道具であったこと。

キリストの「血と肉」が「パンとワイン」とであり、それを協会で食べることで「洗礼」をうけていました。

また、徳川幕府が「禁教令」を出したとき、隠れキリシタンとなった農民は自分の家でパンを作って食べていたことも

書かれていました。

隠れキリシタンが自分でパンを作ったときその発酵菌となっていたのが「味噌麹」です。

この発見が今回の出島パンの完成のひとつのヒントとなるとは当時全く思ってませんでした。

そして、次に長崎県平戸市の松浦歴史資料館に連絡を取りました。


長崎シュガーロードのチラシに紹介されていた、松浦歴史資料館が「日本最古のカステラ」を作っている・・・という情報がきっかけです。

長崎のオランダ商館ができる前まで、平戸がオランダとの貿易港であったことがわかりました。

平戸松浦藩に「カステラのルーツがある」ならば「パン」も作られた形跡があるはず!

そう思い、確認を取ったところ確かに小麦粉を船に積み持ってきてパンを焼いていたものの、そのレシピはあやふやだということでした。

又、小麦粉の代わりに「米粉」を混ぜて使っていた可能性もあり、とても興味深いお話をお聞きできましたが

結局求めていたレシピは手に入らずに

「長崎オランダ商館日記」に2行だけ書かれていた表記、
「小麦粉の中に甘酒を入れて作る」

を元に、自分で再現する事にしました。(続く・・・)








 
author:e-barger, category:日本最古の商業パン出島パン, 01:24
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